【特集】地域共生社会の実現に向けた包括的な支援体制づくりのはじめの一歩~チームでわがまちをデザインする~

親子・高齢者・障害者、誰もが利用できる「みんな食堂」などを開催する地域の拠点(明石市)
障害者とともに過疎集落の高齢者へ移動販売。助けられがちな障害者が助ける側へ(淡路市)
体制づくりに向けて、市・市社協らで協議を重ね、チーム形成の機運が高まる(南あわじ市)
行政区ごとの地域づくりを住民が話し合う場にケアマネジャーなども参加して暮らしぶりを知る(養父市)

 平成30年施行の改正社会福祉法により、市町行政による「包括的な支援体制づくり」が義務化されました。しかし、この取り組みは行政の裁量範囲が広く、地域の実情に応じた柔軟な制度設計が求められ、いまだ模索が続いています。今回の特集では、関係者がチームとなってどのように体制づくりを進めるのか、その足掛かりまでの進め方を紹介します。

私たちが目指す「地域共生社会」とは

 私たちが目指す「地域共生社会」とは、「年齢、性別、障害の有無、言語、文化などの違いに関わりなく、全ての人が地域社会の一員として包摂され、多様なつながりの中で互いがかけがえのない人間として尊重し合い支え合う社会」です。
 しかし、現実には、生活困窮に陥った人、障害のある人、引きこもりの人、外国人など、社会から孤立している人や排除されやすい人が存在しています。
 令和3年施行の改正社会福祉法により、(※)「包括的な支援体制づくり」(以下「体制づくり」)を進めるための行政の任意事業として「重層的支援体制整備事業」(以下「重層事業」)も創設されましたが、体制づくりの前に、まずは、差別・偏見を含めた孤立や排除が現に存在していることを認識し、地域社会に対して、地域生活課題を抱える人を正しく理解するよう働きかけることが重要です。
 また、制度や行政の事業、福祉専門職による支援だけで、地域共生社会を実現できるわけではありません。住民同士が出会い、交流し、お互いを知る場や話し合う機会を通じて、地域での気に掛け合う関係づくりをセットで進める取り組みが求められます。
※「包括的な支援体制づくり」
 法律では「包括的な支援体制の整備」と規定されていますが、この特集では「体制づくり」と表現します。

助けられがちな障害者が地域の高齢者を助ける側へ(淡路市社協)
~地域共生社会の実現に向けた取り組み例~
 淡路市社協が運営する「いづかしの杜」(就労継続支援B型)は、障害者とともに、買い物が困難な市内の小規模な過疎集落に移動販売を実施しています。
 住民からは「近所に店がなくなり、近くまで来てもらえるのは助かる。ありがたい」という声があがります。当初、販売を担当する障害者の不慣れな対応に住民が苦言を呈することもありました。しかし、回を重ねるうちに障害者への理解が進み、少しずつ、住民と障害者の間につながりが生まれています。
 「計算間違えたらあかんから、ゆっくりでええで」と声をかけたり、「あの兄ちゃん、この前、帰りの車の窓から手を振ってくれるようになったんよ」と随行する職員に嬉しそう話したりする場面もあります。
 障害者に高齢者がありがとうと伝えたり、障害者のちょっとした変化を高齢者が語ったりする。助けられがちな障害者が助ける側への転換につながる取り組みが続いています。

体制づくりが求められる背景

 近年の社会変動により、8050問題やダブルケア、ヤングケアラーに象徴されるように、地域社会、安定した雇用とうまく結びつくことが難しい「社会的なつながりが弱い人」の課題が顕在化しています。
 このような人(世帯)は、社会的に孤立していることで、より深刻な状況になることが少なからずあり、そういった問題は今後も増加していくことが予想されています。
 一方で、複合多問題や制度の狭間の問題を抱えている場合、現行の制度では、単一の機関だけでは対応できないにもかかわらず、分野を超えた支援が不十分で、ライフステージで分断されてしまうという問題があります。
 体制づくりは、このような状況を解決するため、行政の責務として社会福祉法に位置づけられました。「縦割り」を包括化し、重度化する前に早期に発見し、早期に対応(予防)する仕組みとしての体制づくりが求められています。

これまでの取り組みをいかした体制づくり

 体制づくりは、何か新しいことばかりに取り組もうというものではありません。冒頭にも述べたとおり、地域の実情に応じた柔軟な制度設計や推進方策を検討するためには、「あるものをいかす」という観点に立つことが大切です。
 例えば、重層事業には、「相談支援」「参加支援」「地域づくり支援」といった細かな事業が用意されていますが、「個々の事業をどう運営するか」ではなく、「どう一体的に実施するか」を考える必要があります。
 その際、改めてポイントとなるのは、これまで各市町で積み上げてきたさまざまな取り組みを可視化して組み直し、再構築(リノベーション)することです。
 体制づくりは、関係者が本来の機能を発揮し、行政や専門職だけでなく、住民や地域のさまざまな主体が「チーム」となって整える仕組みです。
 つまり、その本質は小地域を起点とした重層的な「ネットワーク」と「連携・協働」であり、①行政・専門職間のネットワーク、②住民と専門職などのネットワーク、③住民間のネットワークの3つの協働(ネットワーク)について、これまでの蓄積をいかして充実させることが重要となります。

体制づくりの進め方

 ここからは、体制づくりに向けて、前述のこれまでの蓄積をいかしたネットワークづくりに至る「足掛かり」までの進め方について、5つのステップに分けて紹介します。
 ただし、協議の進捗やチームメンバーの意識の度合いによって、ステップ1~5が行き来することがあります。「できるところから」「できるところまで」協議し、次のステップへ進めることができます。協議するメンバーもまずは庁内や社協から、徐々に相談支援機関や地域住民に広げることもできます。あまり最初から決めすぎず、柔軟に話し合いを進めることが大切です。
 *具体的な進め方は、令和6年3月末発行予定の「令和5年度包括的支援体制づくり推進会議 報告書」を参照してください。本会ホームページに掲載します。

【ステップ1】行政と社協の意識づくりに向けた場づくり(チーム形成の基盤)

 人口減少、資源減少の中、前述のような社会的孤立を背景にした課題に対応していくためには、どのような支援体制や社会資源が必要か、行政と社協間で検討を重ね、共通理解を得ておくことが必要不可欠です。ただし、最初からチーム形成ができるわけではなく、すべてのステップの過程を通じて成し得るものと考えることが大切です。

庁内や社協の担当者同士の協議を通じた多機関協働マニュアルの作成(伊丹市)
 伊丹市では、多機関協働事業を取り組むにあたり、令和3年度、市、社協の相談支援窓口の担当者らで構成する「包括化支援担当者会議」を設置しました。
 月1回、各担当が抱える悩みや連携課題の共有、その原因の検討などを通じ、相互の業務理解、丁寧なつなぎ方の必要性について共通認識を深めました。
 その上で、重層的支援会議・支援会議でどのようなケースを扱うのか、開催頻度やモニタリング方法、出席者の心構えなど、1年かけて話し合い、令和4年5月に「多機関協働事業マニュアル」としてまとめました。
 現在でも意識していることは、重層事業の担当が一方的に作ってしまうのではなく、メンバーで協議しながら決めることを心がけています。

【ステップ2】チームで行う3つの点検

(1)相談支援機関の滞留ケースの洗い出し
 滞留ケースの洗い出しとは、児童・障害・高齢・生活困窮・生活保護といった各分野の相談支援機関において、制度の狭間や複合多問題など、定型の対応では課題の解決が困難なケース(滞留ケース)の抽出を行うことです。併せて、人員体制、機関同士の連携課題など、相談支援体制の課題も洗い出しをします。
(2)地域の協同力アセスメント
 重層事業の三本柱の一つの「地域づくり」は、地域福祉の長年にわたる蓄積の上にあります。まずは、その蓄積の上にある地域の現状について点検することがとても大切です。その際、要となるのは、地域福祉の推進を目的とする社協です。社協は地域の現状把握や共有の中心的な役割を担います。
(3)自治体セルフチェック
 セルフチェックの目的も、これまでの各市町の蓄積をいかすことです。主な着眼点は、①地域福祉計画などを通じた基盤整備、②既存施策を活用した地域づくり、③庁内連携・多機関協働の3つの現状です。(実際の点検項目は、前述の報告書を参照してください)

【ステップ3】3つの点検を通じた課題整理

 ステップ2の3つの点検を通じて、包括的な支援体制(=ネットワーク)の整備に向けた課題の抽出・整理を行います。その際、圏域(自治会/小学校区/中学校区等)で整理すると次のステップ4につなげやすくなります。

課題整理の際の着眼点(例)

  • 早期発見、早期対応できるネットワークをつくるにはどうすればいいか。(相談支援機関のアウトリーチによる住民と専門職の関係づくり、小学校区の既存資源を相談窓口として位置づけるなど)
  • 身近な圏域での住民同士の協働の場・ネットワークをつくるにはどうすればいいか。(自治会域での住民が気になる人について話し合う機会づくりなど)
  • 日常生活圏域での住民・専門職の協働の場・ネットワークをつくるにはどうすればいいか。(小学校区での住民・専門職の合同での話し合いの場づくりなど)
  • 庁内・専門職同士の協働の場・ネットワークをつくるにはどうすればいいのか。(庁内での会議設置や人材配置、中学校区での行政・専門職同士の連携会議の設置など)

【ステップ4】ネットワーク形成図の作成

 これまでのステップを踏まえて、次の手順で包括的な支援体制の本質である「ネットワーク」の形成図を作成します。

  • 重層的な圏域及び各圏域の機能を描き出す
  • 各圏域の組織・話し合いの場などの現状を描き出す(ステップ2の「地域の協同力アセスメント」を活用)
  • これから「あったらいい」「必要だ」という体制を描き出す
小地域を起点としたネットワーク形成図のイメージ
~「地域福祉ネットワークの構成 5つのネットワーク」~
出典:兵庫県社協「『地域共生社会』の実現に向けた社協活動指針」(H31.3)

【ステップ5】ネットワーク形成図を機能させるための検討と進行管理

 ネットワーク形成図を作成したら終わり、ではまさに「絵に描いた餅」です。形成図を関係者がチームとなって点検し、実情に応じて柔軟に改善していくことが大切です。
 そのためには、重層事業の実施計画を含む地域福祉計画、社協の地域福祉推進計画の両計画において、進行管理の仕組みに位置づけることが必要です。

体制づくりは、住民・行政・社協が協働で進める

 体制づくりは行政の責務で進める必要がありますが、制度や相談支援ばかりでは、地域福祉推進の主体である住民同士の関係づくりは進みません。福祉専門職や行政が地域に出向き、住民の自然な交流や支え合いを知ること、身近な地域での住民らの話し合いの場に参画し、住民との顔の見える関係をつくることや、気になるケースがあった場合に一緒に訪問するなど、身近な地域での住民との協働が不可欠です。
 今回示した方策を活用しながら、住民とともに、行政がイニシアティブを発揮しつつ、社協は地域づくり支援の役割を担いながら、多様な主体がチームとなって話し合いを継続し、地域共生社会の実現を目指すことが求められます。

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