【特集】「自分らしい暮らし」を支える ~日常生活自立支援事業を通してみえること~

大切なお金、どう使おう?(社協事務所にて)

安心して暮らし続ける、ほんの少しのお手伝い(利用者宅にて)
“地域で”支えるために(社協内での支援検討会議の様子)
地域の多様な主体が手を携えて(生活支援員研修での事例検討の様子)

 好きなものを食べる、欲しいものを買う、趣味を楽しむ…。私たちの日々の暮らしは、深く考えたり意識したりせずとも「当たり前」にあるもので溢れています。しかし、そんな「当たり前」を守ることが、自分の力だけでは難しい人たちがいます。日常生活自立支援事業は、一人一人の「当たり前」の暮らしの実現を、地道に支えてきました。
 本特集では、この事業が果たしてきた役割や意義を確認するとともに、「自分らしい暮らし」とはどのようなものか、また、それを支えるとはどういうことかを考えます。

事例① 利用者の暮らしの一部として

 「こんにちはー」
 家の前で生活支援員の訪問を待つAさん。軽度の知的障害があり、家計管理を担ってきた夫が急死したため、事業を利用しています。
 生活支援員は、玄関に並べられた靴や、洗われた食器から、Aさんの最近の様子をうかがいます。この日は訪問するやいなや、7枚の写真を見せてくれ、生活支援員が「綺麗に映ってはるね」と言うと、「こないだドライブ行ったときの」と嬉しそうに話します。デイサービスの行事の際の写真のようです。「1枚40円やって」と、代金も気にしている様子。そこで生活支援員は、「今月のお小遣いから支払いましょか。別の袋に入れとこか?」と提案します。Aさんも「そうしといて」と納得されました。
 生活支援員はAさんからの依頼で、毎月の生活費を出金し、届けています。「先月の生活費は残ってはる?」と尋ねると、「もうゼロや」と笑って答えるAさん。生活支援員からの「上手に使っとってやね」という言葉に、はにかみます。今月は、Aさんから事前に連絡のあった1万円が追加され、合計3万1千円。間違いがないか、Aさんと一緒に確認しながら手渡します。
 訪問時には、公共料金の支払いや役所からの通知などの郵便物の確認もしています。生活支援員の説明のうえで、対応を相談します。Aさん自身では難しい支払いや手続きは、生活支援員が代行することもあります。
 この事業による日常的な支援は、Aさんの暮らしの一部として、Aさんにとっての「当たり前」の日々を支えています。

日常生活自立支援事業について

 

 日常生活自立支援事業は、「措置から契約へ」という社会福祉制度の転換期を迎えるにあたり、認知症高齢者・知的障害者・精神障害者などの判断能力が不十分な方であっても、福祉サービスを自ら選択し、適切に利用するための援助を目的として創設されました。
 近年、実利用者数は高止まり傾向ですが、相談件数は年々増加しています(図1)。

【図1】日常生活自立支援事業 実利用者・相談件数の推移
(※神戸市を除く)

《事業の対象者と支援内容》

 この事業の対象は、判断能力が不十分なために在宅生活を送ることに不安がある方です。本人が事業内容を理解して「利用したい」という意思を示し、本人と社協が契約を結んで支援が開始します。
 支援内容は、福祉サービスに関する情報提供や助言、手続き支援といった「福祉サービスの利用援助」を基本とし、必要に応じて「日常的金銭管理支援」や「書類等の預かりサービス」などを組み合わせます。
 日常的金銭管理支援は、収入の範囲内でやりくりをするための手助けや、福祉サービスの利用料や医療費、公共料金、税金などの支払いの援助、金融機関での現金の払い戻し手続きの支援など、多岐にわたります。利用者と一緒に月々の収支計画を作成することで可視化したり、家賃・光熱費といった毎月の支払いを自動引き落としにしたりと、利用者の状態・状況に応じて支援方法は異なります。書類等の預かりサービスでは、日常的に使用する通帳や印鑑のほか、年金証書などの公的書類も社協で預かることができます。自身による紛失の不安や、第三者の悪用が懸念される場合など、リスクの軽減を図ることが目的です。本人に代わって契約行為や財産管理を行うこともできる成年後見制度とは異なり、本人の意思決定と日常生活の支援を行うことがこの事業の特色です。

《市町社協に配置された担当職員》

 支援にあたるのは市町社協に配置された専門員と生活支援員です。専門員は、初期相談から本人に関わり、判断能力や意思を見極めながら、支援計画の作成や契約締結手続き、定期的な訪問や面談によるモニタリング、支援計画の見直しなどを担います。支援計画に基づく具体的な支援活動は、主に生活支援員が行います。生活支援員は地域住民が担い手となることもあり、事例①のように、利用者の身近な立場から日々の暮らしを見守る存在です。生活支援員が本人の変化や希望・要望、困りごとなどを常にキャッチし専門員と共有して、支援内容に反映させていくことも重要です。
 専門員は、利用者本人の意思のもと、一人ひとりの「自分らしさ」を尊重した支援を組み立てることが求められます。朝来市社協の上山聡史専門員に、支援の実際と、利用者と関わりを続ける中で得られた気づきや変化について、事例とともに伺いました。

利用者の「今」を知るため、
専門員と生活支援員の情報共有は欠かせません

事例② 利用者本人の「生き方」を知る

 Bさんは、おしゃれには妥協したくないという女性です。食費や光熱費を削ってでも美容やファッションに費やすため、預金残高はほとんどありません。生活費を優先してほしいと考えた支援関係者からの勧めもあり、事業利用に至りました。しかし安定した生活のため助言をしても、Bさんは「私のお金やのになんで口を出すの」と拒否感を示しました。
 上山専門員は、それから何か月にもわたって関わりを続けるうちに、「Bさんだからこういうお金の使い方になっていて、これこそが『Bさんらしさ』なんだ」と考えるようになりました。美容やファッションが大好きなことも、そこにお金をかけるのは絶対に譲れないことも、Bさんの行動をみれば明らかだったからです。これを「浪費」ではなく、Bさんの「想いの表れ」であり「Bさんらしさ」として尊重したいと思うのは、Bさんの「生き方」を目の当たりにしたからだといいます。
 上山専門員は、「その人らしさ」というのは、一朝一夕に知り尽くせるようなものではないと話します。言葉として表現される要望が必ずしも本心ではないこともあれば、その背景に本人さえ自覚していない「想い」が隠されていることもあります。決して焦らず、少しでも相手を知ろう、理解しようと努力を続けることを大切にしているそうです。

事例③ 本人ができることを大切にする

 精神障害のあるCさんは、精神状態の波がお金の使い方に直結します。「気付くとお金がない」という状況が続くことに不安を覚え、事業を利用することになりました。Cさんは40代で、自分で金融機関へ出向くことや、入出金の手続きには困りません。上山専門員は支援方針を検討する中で、Cさんができることを大切にしたいと考えました。そこで通帳と印鑑は社協で預かり、支援日には生活支援員が通帳と印鑑を持参して金融機関でCさんと合流し、Cさん自身がお金をおろす方法を提案しました。生活支援員はそばで見守ります。Cさんからも「横にいてくれると安心」との意思が示され、支援を開始しました。支援は週1回で、前日までに専門員と出金額を相談する約束でした。しかし、調子が悪い時には増額の希望が際限なく繰り返されます。そのような状況をCさん自身はしんどく感じ、計画的な支援も難しくなっていました。
 上山専門員はそれまで、手元の収支表と預かっている通帳を見比べ、出金の増額ができない理由を説明していましたが、収支表をつけるところから思い切ってCさんに委ねてみました。するとCさんは収支表を活用し、預金の範囲内で出金額を決められるようになってきました。もともと好きな本や服を買うことも続けつつ、やりくりをすることが、自然なこととして身についていったのです。
 生活が安定してきたCさんは、自分で金銭管理をすることに自信がつき、次第に解約を希望するようになります。上山専門員は、Cさんの想いを尊重しつつ、ゆるやかに関わり続ける方法はないか、支援関係者と検討しました。結果、通帳と印鑑の預かりをやめ、Cさん自身が手元で管理をし、社協による支援は月1回の訪問のみに変更しました。すると、Cさんのお金の使い方や通帳の残高が、まったく把握できません。ところが当のCさんは、それまで見たことがないほど生き生きとした表情で生活しているのです。さらに、お金の使い方が習慣化され、毎週支援をしていたときと同じようなリズムで、Cさん自身が支出をコントロールできていました。上山専門員は、「これまでの支援は無駄じゃなかった」と実感するとともに、「自分のお金を、自分で自由に使う」ことが、Cさんにとって「当たり前」だったはずで、大きな意味を持っていたのだと気づかされたと言います。
 この事例では、Cさんが持つ力を奪わず、不安に感じることは時間をかけて克服し、Cさん自身の生きる力を高めることにつながりました。それと同時に、上山専門員にとっても「本人の想いに本当に寄り添えていたのか?」と振り返り、「本人の意思に任せてみよう」と考え直す機会になったそうです。

《専門員が大切にしていること》

 県内(神戸市除く)では、上山専門員のほかにも、90余名の専門員がそれぞれの地域で奮闘しています。支援のあり方や専門員の役割について、実際に寄せられた声を紹介します。

●お金の使い方はその人の生き方。それを守ることこそが自分たちの仕事
●支援者にとっての『安心』は、本人にとっての『権利侵害』かもしれない
●誰にでも『失敗する権利』があり、絶対に奪ってはいけない。むしろ思い切り失敗していい。私たちは最後まで付き合う

 「日常生活」の連続が、その人の「人生」を形づくっていきます。周囲には「失敗」に見えることでも、本人が「失敗」の先を身をもって知ることは、生きていくうえで大切な経験です。専門員は、「取り返しのつかない失敗」にならないよう気を配りながらも、本人の希望を最大限に尊重し、責任をもって関係者との調整やフォローにあたります。また、他人には「無駄」に思えることが、本人にとっては何よりも大切であるということは、誰にとってもありうることです。「自分らしい暮らし」とはどういうものか、それを決めるのは他の誰でもない、その人自身なのです。

市町を越えた専門員どうしでの学び合いが、
地元での支援活動に生きてきます(専門員会議の様子)

「自分らしく暮らす」ことの実現のために

 この事業では、利用者一人ひとりにとっての「日常生活の自立」が目指されます。欲しいものがあるとき、行きたいところがあるとき、どうすれば実現できるかを一緒に考えます。本人の浪費を抑制したり、お金の使い道を指導するような強制力や権限はありません。
 一方で、お金の使い方が原因で、ライフラインが脅かされたり、借金を重ねてしまうこともあります。この事業はそうした課題への特効薬にはなりえませんが、環境を調整し、利用者が安心して暮らせるよう努めます。利用者自身の意思決定の機会を奪うことなく、自己実現のプロセスに伴走するのです。
 事業の利用者や相談の傾向から、単身世帯や身寄りのない方の増加、社会的孤立、加速し続ける高齢化といった社会的な課題が、判断能力に不安がある方の地域生活の基盤を脆弱にし、生活課題を深刻化させていることがみえてきます。こうした社会的なリスクは、今後ますます高まると予想されます。
 どの地域のどんな境遇にある人も、人生の主役として、社会の一員として、「自分らしく」生きる権利があります。この事業は、「地域福祉権利擁護事業」の名称で始まりました。その名のとおり、判断能力が十分でない人が住み慣れた地域で安心して生活することを支え、権利擁護に資するものです。社協が担い手となることで、地域に根ざした権利擁護支援の入り口としての役割を果たしてきました。
 「自分らしく暮らす」ということは、誰にとっても特別なことではありません。すべての人が当然に、等しく保障されるべき権利なのです。

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