【特集】意思決定支援を中核とした権利擁護 ~誰もが“地域で自分らしく暮らす”ために~

本人の「こうしたい」にじっくり耳を傾け言葉を待ちます
話し合いの中心は本人

私の好きを表現する、私の好きを実現する

 「私たち抜きに私たちのことを決めないで」障害者権利条約の合言葉は、障害のある人もない人も、当たり前に地域で自分らしく暮らすことができる地域共生社会に向けた出発点です。
 本特集では、地域で自分らしく暮らす権利が保障され、望む暮らしの実現に向けた具体的な取り組みを紹介しながら、権利擁護と地域共生社会の実現に必要なことを考えます。

地域で自分らしく暮らすってどんなこと?

 「自分らしく暮らす」というと、どんなことを思い浮かべますか。家族や友人、健康、財産、住居、仕事や趣味など、自分自身の生活を形づくるあらゆるものに及ぶのではないでしょうか。これらは、その時々の状態や状況により変わるもので、当然ながら、一人一人異なります。
 例えば、何を食べ、何時に寝て、どんな服を着るか。どんな仕事に就き、選挙で誰に投票し、どんなサービスを利用するのか。私たちは日々の生活で些細なことから選択や決定を積み重ねて、人生を築いています。こうして自らの幸せを求め、自分らしく暮らすことは、誰にも等しく保障された権利です。
 しかし、病気や障害、性別、人種、言語、宗教などを理由にこの権利が侵害され、尊厳が傷つけられることは、残念ながら後を絶ちません。また、「こうあるべき」という社会規範の押し付けや、良かれと思って周りが決めてしまうことが、その人らしさを奪うこともあります。
 権利擁護とは、こうした権利侵害からの保護・救済を図ることにとどまりません。権利侵害を生む社会を変え、誰もがかけがえのない存在として尊重され、自分らしく生きられる社会をつくることも含まれます。
 近年、成年後見制度の見直しを求める声ともあいまって、「意思決定支援(支援付き意思決定)」が重要視されています。法定代理人である後見人等が本人に代わって物事を決める成年後見制度は、障害者権利条約に反するとして見直しが求められ、国でも議論が始まっています。これは、人生の主人公であるはずの本人が、他者の決めた人生を歩む事態が生じていることに対し、「意思決定支援」のもと、本人が望む暮らしを実現しようとするものです。(「関係者の声」参照)
 この意思決定支援は、成年後見制度に限った話ではありません。“こうしたい”という意思を示したり、意思の実現が難しい状態の人が、日常生活で選択し決定する場面、また人生における大きな決断をする局面においても欠かせないものです。選択や決定は、変化し揺らぐこともあるため、その人らしさを紡ぎ出す支援が常に必要となります。また、意思決定の基盤には、互いを尊重した他者との関わり、さらには全ての人が多様な社会経験の機会を等しく持てることが必要です。
 望む暮らしに向け、本人と本人の暮らしをよく知る人たちや支援者が、本人から立ち上がってくる意思をよりどころに、共に生きていくこと。それが当たり前の社会をつくることが意思決定支援を中核とした権利擁護の実現の要です。
 ここからは2つの事例を紹介します。本人が何を望み、どうしようとしているのか。本人にとっての幸せとは何かについて、考えていきます。

【事例1】日々の関わりから、本人らしい地域生活を支える(丹波篠山市)

 月々の収支のやり繰りがうまくいかず、遠方に住む姉に経済的な援助をしてもらっているAさん。Aさんには統合失調症と糖尿病の持病があります。姉に頼らずに生活したいと思う一方、好きな炭酸飲料とタバコの量が減らせず、なかなかうまくいきません。
 そこでAさんの相談支援事業所の相談員が日常生活自立支援事業の利用を提案しました。この事業は、福祉サービスや日常生活におけるお金の使い方を、本人が決められるようサポートする事業です。
 相談を受けた市社協の専門員は、自宅訪問を重ねて生活の様子を見聞きし、Aさんと一緒に1か月に必要なお金を計算し書き出しました。すると、炭酸飲料とタバコの出費がかなり大きく、今の生活では赤字続きで、援助無しに生活できないことが明らかになりました。
 姉に頼らずに暮らした暮らしたいという希望と現状のギャップを埋めるためにどうすればよいか、Aさんと専門員、相談員など関係者たちで話し合いました。収支だけ見れば、炭酸飲料とタバコの出費を抑えればよいと思われる状況でしたが、専門員は、Aさんがどう考え、どうしていきたいかを重視しました。なぜなら、Aさん自身が主体的に生活し、それを継続することが大切だと考えたからです。
 Aさんにとっては、すぐに2つの出費を抑えることは困難でしたが、支出を抑える必要性を理解できたことから、当面は姉に援助を頼みつつ、徐々に炭酸飲料とタバコを減らし、収支面でも健康面でも生活を安定させていくこととなりました。
 この例のように、一見、他者から見れば無駄だと思われる出費でも、本人にとっては大切で、必要に感じることはたくさんあります。他者へ危害や迷惑をかけない限りは、自分のお金を使って自分らしい生活を送る権利は誰にでも等しくあり、この事例は、日常生活自立支援事業を活用して、それを実現しようとしている事例です。

【事例2】地域の中で本人と共に物語を紡ぐ(西宮市)

 市社協が運営する青葉園に約40年前から通い、近くのマンションに暮らすBさん。ヘルパーによる介助など、「24時間365日の支援」のもと生活しています。Bさんに関わる支援者は、表情や腕や頭の動き、発声などから気持ちや考えを理解しようとしています。

 例えば、Bさんはある演歌歌手が好きです。部屋一面にポスターが貼られ、CDもたくさん置かれています。訪問者に一つずつ指で差してポスターを見せ、お気に入りの枚を教えてくれます。支援者のサポートを受けてコンサートにも行きました。
 また、コーヒーが好きなBさんは、支援者と一緒に地元のカフェ巡りをします。店内では、普段は見せないほど楽しそうに過ごし、コーヒーをテイクアウトした際は、近所の公園や自宅でゆっくり飲んで楽しみます。
 Bさんは、言葉で好きなことを伝えるわけではありませんが、一緒に時間を過ごし、経験を重ねるうちにそれが周囲に伝わります。そうして支援者は、Bさんの生きる世界を少しずつ知ることができるのです。
 青葉園では、本人が望む暮らしを実現する「個人総合計画」を作成するとともに、計画に基づいた日々の支援を、定期的にみんなで確かめ合う「本人中心支援計画会議」が開かれています。これは、本人のかけがえのない「人生」を「物語」として捉え、支援者も一緒に「物語」の続きとなる未来を、本人と共に描く取り組みです。
 Bさんの自宅で開かれる本人中心支援計画会議では、名前のとおり本人を真ん中に、Bさんの妹、青葉園のスタッフ、ヘルパー、後見人など10名以上が集まります。そこでは、サービス調整や報告にとどまらず、Bさんが望む暮らしに向けて、丁寧にBさんの物語を共有します。このため、会議の話題は今の暮らしだけではありません。これまでの暮らしを前提に、これからどのように生きたいかを決める過程に、みんなが関わる場にしています。
 現在、長女として実家に戻る決断をしたBさんの今後の暮らしが話し合われています。欠かせない医療的ケアをはじめ、亡き両親との思い出が詰まった家に戻ってからの生活をさまざまな側面から話し合い、Bさんらしい暮らしの継続のため、一つ一つ時間をかけて意思決定を重ねています。
 これらは、個々の点でなされた決定ではありません。本人の「これまで」と「これから」を繋ぐ意思決定を通して、今後も、Bさんだけの物語が描かれていきます。

 これらの事例から、人は誰でも住み慣れた地域で共に認め合い、支えたり支えられたりしながら、暮らしの中で、その人に固有の物語を生きていることが分かります。時には上手くいかないことや失敗が許されることも含めて、その人らしい自己選択、意思決定が尊重されることが大切です。

【関係者の声】成年後見制度と親の想い(公益財団法人兵庫県手をつなぐ育成会 理事長 井上三枝子さん)

 手をつなぐ育成会は、今から70年前、関東地方で3人の母親が知的障害をもつ我が子の幸せを願い発足し、兵庫県では昭和31年に設立されました。
 設立当初と比べると格段に福祉制度やサービスは整備され、教育の場が確保され、また社会の理解も深まり暮らしやすくなりました。しかし、多くの知的障害のある人は一人で生活することが難しく、意思をうまく伝えられないことから、今も昔も変わらない親の大きな心配は「親亡き後」の子どもの生活です。
 そのため、成年後見制度がその不安解消のツールになると期待し、兵庫県育成会では平成20年から知的障害に特化した成年後見人養成講座を保護者や関係者に実施してきましたが、制度利用にはなかなか結びついていません。
 制度の利用状況は全国的にも同様で、昨年、全国手をつなぐ育成会連合会(全育連)が会員向けに行ったアンケートでも、8割が制度を知っている反面、実際の利用は1割にとどまるという結果でした。また、制度上の問題として、「利用を始めると途中でやめられない」という点が最も多くあげられ、専門職後見人を利用している方からは「財産管理だけで身上保護が手薄い」「(成年後見人の)福祉への理解がない・連携していない」「報酬が高い」などの意見が出ています。
 今後は、①適切な時期に必要な範囲・期間で利用する「スポット利用」、②後見制度を「終わり」にできる仕組み、③「代理人」を立てる考え方などの会員の声を国に届け、制度改革の一助になることを希望しています。
 後見制度が使い勝手の良い制度になり、「親亡き後」を「親あるうち」から準備することで、子どもたちの権利が護られ、一人一人が自分らしく穏やかに暮らせる社会になることを願っています。

当事者、利用者の目線で社会を見つめる機関紙

共に生きる地域社会をみんなでつくる

 私たちが目指す社会は、全ての人の人権と尊厳が大切にされ、支え合いの中で自分らしく生きられる「地域共生社会」です。そのためには、「私のことは私が決める」、つまり、誰もが自分の人生という物語を歩む権利が保障され、権利の行使が当たり前になっていく必要があります。
 地域共生社会の実現には、人権意識の浸透と成年後見制度を含めた既存の制度や仕組みの見直しが必要です。そして、その大きな推進力となるのが、多様な人々が参画した地域づくりです。例えば、“自分らしさ”のもとになる場—学ぶことや働くこと、楽しむこと、誰かのために活動することなど—を、地域内で多様な人々と話し合ってつくることもその一例です。他者との出会いや交流の中から自分らしさは生まれ育まれます。だからこそ、身近な地域で共に生きる人たちと互いの違いを認め合い、誰もが自分らしさを発揮できる地域づくりが大切と言えます。
 意思決定支援を中核とした権利擁護の実現の第一歩は、身近な暮らしと地域の中にこそあるのです。

みんなと生きる、みんなで生きる

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