2024年5-6月号
オリエンテーション・マッチングを経て、被災者宅でのボランティア活動へ(石川県七尾市)
令和6年の元日に発生した能登半島地震は、石川県内で最大震度7を観測し、能登半島を中心に広い範囲で甚大な被害が生じました。
今回の特集では、兵庫県内の社協、社会福祉法人・福祉施設など、福祉関係者が被災地で進めた活動を報告するとともに、引き続き求められる被災地支援で大切になる視点を考えます。
元日に最大震度7を観測し、大きな被害をもたらした能登半島地震。その震源地が半島の先端だったという地理的要因に加え、道路の寸断や断水も重なり、外部からの支援が難しい状況に陥りました。また、仮設住宅も建設途上にあり、現在でも避難所生活を余儀なくされている方が数多くいます。さらには、被災地の多くは以前から人口減少・過疎に悩んできた地域で、震災がこれに拍車をかけることも危惧されます。
災害の規模のみならず、被災地が抱える複合的な要因がさまざまな困難をもたらしていますが、それでも現地には、「住み慣れた土地で暮らし続けたい」「故郷に戻りたい」という被災者・避難者の思いに寄り添って奮闘する、数多くの福祉関係者がいます。
このような福祉関係者を支えるため、全国から社協職員が被災地に入り、地元社協が運営する災害ボランティアセンター(以下、「災害VC」)をサポートしています。また、要援護者の避難生活をサポートする、災害派遣福祉チーム(以下、「DWAT」※)が各地の避難所で要介護者のケアにあたるなど、社会福祉法人・福祉施設の積極的な取り組みも注目されています。
本会は1月4日に災害救援本部を設置し、県、全社協、県内および近畿府県・指定都市社協、各施設種別協議会などと連携して被災地への支援活動を進めてきました。ここからは、災害VCを中心とした社協の活動と、社会福祉法人・福祉施設職員等による活動を紹介します。
※DWAT(Disaster Welfare Assistance Team):避難者の生活機能の低下や要介護度の重度化などを防ぐため、一般避難所で支援を行う福祉専門職のチーム
七尾市災害VCでの支援活動
今回の震災で、石川県では、県庁内の(公財)石川県県民ボランティアセンターが災害ボランティアの登録・管理を一元的に行いました。また、市町行政の主導で災害VCが立ち上げられ、地元の社協がその運営を担っています。道路事情、断水や宿泊先などの制約から、金沢市から各災害VCに日帰り活動が前提のボランティアバスが運行されてきました。
本会も含め兵庫県内の社協からも、七尾市災害VCの運営支援のために、1月25日より近畿ブロックの社協と共に職員派遣を行っています。
兵庫県内からは、4月末までに79名の職員が派遣され、地元社協が日々直面する課題に一緒に向き合いながら災害VCの運営支援にあたっています。
和倉温泉で有名な七尾市は、能登半島の中央にあり、奥能登への入口に位置します。七尾湾に面した風光明媚なこの地域も、断水が2万世帯を超える甚大な被害を受けました。市社協では、1月10日から市文化ホールに災害VCを開設し、地域住民に災害VCの設置と活動内容を周知。以降、家屋の掃除、後片付けなどの依頼(ニーズ)を受け、被災者に会って聞き取り・現地調査を進めました。それと並行して、日々訪れる災害ボランティアの受付やオリエンテーション、活動とのマッチング、活動場所への送迎なども行っています。
地震で大規模な被害が生じた場合、災害廃棄物(片付けごみなど)は、分別して市の設置する仮置場へ運びますが、高齢者世帯などにとっては手助けが不可欠となります。そのような世帯の家屋の片付けや廃棄物の運搬などを災害ボランティアがサポートしています。
今回に限りませんが、災害時に設けられる廃棄物の仮置場には待機の車列で混雑し、ボランティア活動の障壁になることが少なくありません。七尾市でも、日によっては車列が3時間待ちになったため、仮置場に持ち込む前の一時置場を設け、そこで保管と分別を行い、仮置場へ運搬する対応を図りました。また、企業(通信事業者)の協力を得て車両管理に有効なアプリを導入し、ボランティアの送迎や廃棄物の運搬効率を高めました。
七尾市では多くのボランティアが活動し、4月中旬時点で2,000件を超えるニーズが完了しています。しかし、災害VCから距離のある地域や要援護者の世帯など、SOSが出せていない人がいることも懸念され、チラシのポスティングや聴き取りを通じたニーズの掘り起こしにも努めています。
兵庫県内の社協からの職員派遣は、5月末まで続きます。今後も地元社協に寄り添い活動するとともに、先々の復旧を見据え、市内の各地で支え合う力を取り戻せるように働きかけることが望まれます。
地域の復興に向けて続く七尾市災害ボランティアセンターの活動
【1】DWATによる活動
被災地の避難所などにおける福祉支援を行うDWATは、3月末までに石川県を含む47都道府県から延べ1,270名が派遣され、被災地で活動しました。これだけ多数のDWATが活動したのは、今回が初めてです。発災直後の1月8日から、金沢市内の1.5次避難所を皮切りに、中能登から奥能登へと活動エリアを広げました。
兵庫県からも、「兵庫DWAT」として、南あわじ市と洲本市の福祉施設、社協職員3名が派遣されました。3月21日からの4日間、石川県庁に設置されたDWAT本部にて、各地で活動するDWATとの連絡調整を担いました。また、期間中は輪島市の避難所を巡回し、状況把握に努めました。
チームリーダーの平本万洋さん(洲本市社協)は、本部業務について「ニーズを“見える化”し整理することが役割だった。そこから先々の見通しを立てる重要性が理解できた」と振り返ります。また、兵庫DWATとして初の派遣を終え、災害時の具体的な活動を想定した研修を、日ごろから重ねる必要性を感じたと語ります。
現地に避難所は残るものの、一定の支援体制ができたことから、地元市町等に支援を引き継ぎ、3月末でDWATの活動は終了しました。
災害発生直後に開設された1次避難所から、ホテル・旅館等の2次避難所や福祉施設等に入居するまでのつなぎである1.5次避難所のみ、4月以降も全国から継続して支援に入る予定です。
【2】経営協による1.5次避難所への介護職員等の派遣
金沢市内に設置されている1.5次避難所では、介護などを要する避難者が増加したことから、厚生労働省から全国社会福祉法人経営者協議会に対し、介護職員等の派遣について協力要請がありました。
これを受け、3月1日からの約1か月間、近畿ブロック経営協として職員を派遣しました。兵庫県では経営協のみならず、兵庫県老人福祉事業協会、神戸市老人福祉施設連盟に協力を依頼し、県内24法人・49名が現地で活動しました。
1.5次避難所となった大型スポーツセンターでの避難生活は、派遣時点で2か月が経過し、医療・福祉に加えて、民間企業を含む大勢の団体等により運営されていました。3月末時点で約160名の避難者のうち70名程が要介護状態の高齢者で、その生活をサポートしました。
1.5次避難所からは、ホテルなどの2次避難所や福祉施設への受入が行われていますが、本人の意向などさまざまな事情で避難生活は長期化しています。このため、4月以降は経営協九州ブロックからの派遣により1.5次避難所のケア体制を維持し、避難者の生活の質を高める支援体制の強化が図られています。
【3】被災施設等への職員派遣
被災地の福祉施設を支援するための施設間の応援として、全社協の調整で介護職員等が現地に派遣されています。兵庫県からは福祉施設等の職員58名が被災地の福祉施設でケアなどの業務にあたりました。その他、いくつかの社協や社会福祉法人等が参画する「能登福祉救援ボランティアネットワーク」でも、奥能登の被災施設に介護・看護職員を派遣しています。
3月下旬には奥能登の一部で水道が復旧し、入浴・調理などを行える施設も出てきました。その一方、「利用者が離散して戻る見込みが立たない」「住む場所をなくした職員が離職する」「職員のメンタルケアが必要」など福祉施設の苦しい声も上がります。
これらの困難に直面しながらも、過疎・高齢化する奥能登においては「医療と福祉は地域の基幹産業」という責任感から、社会福祉法人と福祉事業所は雇用と事業再開・復旧の道を模索しています。
今回の災害では、社協、社会福祉法人とも、全国のネットワークを生かした支援が進みました。各地から集まったスタッフが、働く場所や職種の違いを越えたチームで活動できたのは、「当事者の立場で考える」「被災者に寄り添う」という福祉職の価値を共有したからだと言えます。
災害VCでは地元社協の困りごとに耳を傾け、被災者とも顔を合わせた現地調査・アセスメントに努めました。DWATでも福祉施設の職員等が、現地の支援者や要援護者のニーズを重視して活動しました。このように災害という非常時にも、被災者のニーズを第一にとらえることは、今後も変わらない支援のポイントです。
また、安心して住み続けられる地域、戻ってこられる地域を取り戻すには、被災地における医療・福祉など対人援助サービスの維持や再開が不可欠です。その意味でも、被災地の福祉関係者が自らも被災し、葛藤を抱えて業務にあたっていることを忘れず、その気持ちに寄り添ってサポートできるかが問われます。
被災地でも特に被害が大きかった奥能登などでは、まだ片付けも終わっていない実態があります。これらの地域では、交通網の回復に伴い、全国からの災害ボランティアが今後本格的に求められると見込まれます。
被災地では時間の経過とともに仮設住宅への転居も進みます。生活再建に向かう動きを歓迎すべきですが、過去の大規模災害では仮設住宅に移った後の〝被災者の孤立〟が深刻な問題になりました。この教訓も踏まえ、現在、被災地社協の一部は、「地域支え合いセンター」を立ち上げ、相談員を配置して見守りや生活支援、交流の促進など被災者への切れ目のない支援に取り組み始めています。
この先、特に生活再建を念頭に入れた復興期の被災地支援では、地域支え合いセンターの動向も踏まえ、現地の実情をキャッチしながら活動することも必要です。この地域支え合いセンターの活動が本格化する過程で、被災した住民同士がつながり・支え合う力を取り戻し、暮らしや地域の再建に向けて自ら立ち上がっていくことが期待されます。
能登半島をはじめとした被災地の復旧・復興に思いを寄せ続けること。そして、被災者がエンパワメントされ、自らの力を取り戻していけるような支援を目指すことが私たちに求められます。