【特集】若年性認知症から考える社会参加と参加支援

① 生きづらさを抱える人を支える市民を養成する「権利擁護サポーター養成講座」(三田市)
② 認知症希望大使 古屋 一之さん(右)とパートナーの北村 吉次さん(左)
③ 兵庫県から認知症希望大使の委嘱を受ける井上 重實さん(右)
④ コミュニティ農園で若年性認知症の当事者と小学生が一緒に畑しごと

 私たちは誰もが社会のなかで生きています。
 しかしながら、なかにはさまざまな事情で社会との「つながり」がうまくもてず、自分らしく生きることが難しい状況にある人がいます。
 今回の特集では、若年性認知症を切り口にして、誰もが自分らしく生きるための「社会参加」と「参加支援」を考えます。

社会参加とは?

 皆さんは「社会参加」と聞いて、何を思い浮かべますか。地域の自治会やボランティア活動などに参加するイメージが強いでしょうか。
 厚生労働省が実施した調査によると、社会参加の有無と孤立感の間には大きな関連があり、「社会参加活動を行っている」とする人の方が、孤独を感じることが少ない傾向にあることが示されました【図表1】。課題を抱えた人が地域社会とつながるよう支えることは、孤独感を和らげたり、解消につながることが調査から示唆されます。
 そもそも「社会」とは、集団・組織的な営みであり、私たちが暮らす「世の中」です。また、共通項をもつ「仲間」を指すこともあります。生活の場である地域、学校、職場、趣味の場だけでなく、友人づきあいや家族もまた「社会」といえます。私たちはさまざまな社会の一員として社会に参加し、役割を担うことで自分らしい暮らしを実現しています。そしてこの一人一人の社会参加は、地域づくりの基盤にもなっています。
 昨今、「社会参加」と「参加支援」はこれまで以上に注目され、令和6年4月に施行の「孤独・孤立対策推進法」でも、孤立・孤独対策として、社会参加を促す取り組みが進んでいます。地域共生社会の実現を目指す中で、さまざまな形で社会参加を支えることは、全国的な取り組み課題になっています。

【図表1】社会参加活動の参加状況と孤独感の関係

社会参加を阻むもの

 さまざまな場に参加したくても、時にはそれが難しいこともあります。
 社会参加を阻害する要因として、一般的に時間的制約や経済事情、参加への心理的ハードルや情報の少なさなどがあり、これらにあてはまると、私たちは「どうすれば参加できるのか」を模索したり、「今は難しいけど、いずれは」と思い描きます。
 しかし、社会参加を阻む要因の一つには移動の問題があります。高齢で自動車が運転できなくなったり、バスの運行がなくなり買い物や通院に困るケース、あるいは軽度認識障害で毎月楽しみにしていた公民館のサークルに一人で行けなくなったなどのケースを見聞きしたことはないでしょうか。
 同世代や同じ地域のほかの人があたり前のようにしていること、あるいは今までできていたことが、障害や病気で困難になると社会的な交流が減少します。さらに孤独やあきらめを感じ、身体機能にも悪影響を及ぼすフレイル状態にもなりかねません。移動を考えることは、社会参加の支援を考える入口になっているといえます。
 ここからは若年性認知症をテーマにしながら、社会参加を考えていきます。

就労と移動

 若年性認知症は、働き盛りの65歳未満で発症するため、仕事をいかに続けられるかという課題に加え、子育てや介護、将来設計などの面で、本人や家族の人生に大きな影響を及ぼします。県社協(ひょうご若年性認知症支援センター)が運営する「若年性認知症とともに歩むひょうごの会」(当事者と支援者の会)では、就労の継続には通勤への支援が前提と考えています【図表2】。
 障害者差別解消法で事業者に合理的配慮が義務付けられたことから、近年は従業員が認知症になっても働き続けるために話し合う職場が増えてきました。しかし、通勤については職場として配慮できることも限られます。また電車やバスなどの運行会社にできるサポートも限られています。そのため、定時に出勤できるかが不安で早朝に家を出たり、最悪の場合は通勤が問題となって退職を選ぶ人もいます。
 就労は暮らしと生き方に直結する、社会参加の一つです。「お客さんの役に立ちたい」「職場に貢献したい」など、若年性認知症の当事者が、自分らしく役割を発揮できる職場であるためにも、治療と仕事の両立支援や、障害者の就労支援事業の活用による認知症特性にあった環境づくり、外出・移動時のサポートが必要です。
 また、支える仕組みが制度化されることも大切ですが、認知症サポーターなどの身近な市民が、困っている人に要所で声掛けできる社会をつくることも当事者の社会参加を支える重要なポイントです。

【図表2】若年性認知症の人が通勤時に困っていること

家を出るまで
・忘れものがないか何度も確認する
・鍵を鍵穴に差しにくい
・施錠できているか、何度も確認する
家を出てから
・職場までの経路に不安がある
・はじめての場所に行くのはもっと不安になる
公共交通機関で
・目的地を行き過ぎると、戻り方がわからない
・暗くなると、道がわからなくなる
・道に迷いパニックになり仕事を休んだ
・ICカードのタッチミスに戸惑う
・自動改札が閉まるとパニックになる

インタビューから考える社会参加と参加支援

 若年性認知症の人の中には、認知機能障害で自信をなくしたり、周囲に言われてしたいことを諦めてしまうことがある一方、「若年性認知症の自分にこそ、できることがある」と、新たな社会活動に参加する人もいます。
 兵庫県では、認知症の本人が、講演や会議などの場で体験や思いを語ることで、認知症への社会の理解が深まるよう、令和3年に「ひょうご認知症希望大使」制度が創設されました。初の大使として古屋一之さん(三田市)が委嘱され、令和7年には井上重實さん(川西市)が二人目の大使となりました。井上さんに、当事者の社会参加活動についてお話を伺いました。

ひょうご認知症希望大使
井上 重實さん(川西市・就労継続支援事業所通所)

 私は現役時代、会社と上司から「認知症で何もできない」と決めつけられ、理不尽な対応を受けました。「認知症」に理解がなく、自分たちとは「無関係」と思っていたので、私につらくあたったのだろうと思います。
 私と同じような思いをする人が続かないよう、職場の方々には認知症を正しく理解し、本人が「できること」と「できないこと」を把握して欲しいです。職場の誰かが疲弊することなく、みんなが働きやすい環境を得るために、本人との話し合いは続けて欲しいです。職員みなさんの手助けにより、できることが増えることは、本人には励みとなり、自信につながります。病気を理由に、早くから、就労の機会を閉ざされるのは不本意です。充実した毎日を送るためにも、働き続けたいです。
 私は、「古屋さんを囲む若年性認知症本人の会」で、「元気と勇気」をもらい、自分を取り戻すことができました。つらい思いをしている人にとって、本人同士のコミュニケーションは、社会参加への足掛かりにもなると思います。そのためなら、私でよろしければお手伝いします。
 私は可能な限り、現地で社会参加活動をしております。私の様子から「認知症になっても、できることはたくさんある」「みんなと一緒に活動できる」ことを伝え、無関心な人にも認知症に振り向いてもらうことが私の大事な役割だと思っているからです。
 認知症本人は、皆さんに「支援」とか「寄り添う」とか大層なことは望んでいません。できることは、自分でやります。ただ、「できないこと」や「わからないこと」がある時は、ちょっとした「ご配慮とご協力」をいただければと思います。
 認知症本人は、認知症になっても「ひとりの人」です。認知症という「枠」の中だけで生きているのではありません。「共生社会の実現」を考えるにあたり、このことが、みなさんに伝われば、私はとてもうれしいです。

 認知症などの当事者が社会とつながり、参加するためのサポートとして「参加支援」に取り組む人の声を紹介します。
 自身も介護者として「男性介護者の会 ぼちぼち野郎」で活動する中、若年性認知症の当事者で認知症希望大使である古屋さんのパートナーとしても活動する北村吉次さんに伺いました。

男性介護者の会 ぼちぼち野郎 代表
ひょうご認知症希望大使 活動パートナー
北村 吉次さん(三田市)

「なんや、普通の人やん」の衝撃
 母の介護の大変さを職場で誰とも共有できず、「世界一不幸だ」と孤独を感じていた中で、市社協の男性介護者の交流会に参加したことが人生の転機でした。「自分の話をわかってくれる人たちがいる!」と感動したのを覚えています。この交流会が、現在も活動を続ける「ぼちぼち野郎」となっていきました。
 その介護者会で交流を続ける中で、認知症の人と話す機会が増えました。最初は「気の毒に」「突然暴れたりしないかな」などと気を遣っていましたが、交流していると普通に会話が成り立ち、時には冗談で笑わせてくれました。「なんや、普通の人やん」と気づくと同時に、自分が偏見を持っていたことにショックを受けました。認知症のことをもっと知りたいと、本を読んだり、体験記を公開している当事者に会いに行くようになりました。

支えているという意識はない
 古屋さんとの出会いは、認知症の当事者として社会に向けて活動している人が三田にいると聞き、紹介してもらったのがきっかけです。すぐに意気投合し、友人のような関係で共に歩んできました。
 彼が講演活動や外出するときは、車で送迎し、聞き手役を務めます。彼と活動する中で、当初は、認知症による不当な扱いへの怒りが彼の活動の原動力でしたが、「仲間に同じ苦しみをしてほしくない」「認知症になったからこそわかったこともある」と、前向きな思いに変化したことを感じました。彼の力強くて素敵な言葉を隣で聞くことは純粋に面白いです。私が一方的に彼を支えている感覚はなくむしろ力をもらい、知らないことを教えてもらっています。彼の活動に感化され、いろいろな方がその人らしく生きるためにできることがあればと思うようになりました。
 令和5年、三田市で開講した権利擁護サポーター養成講座を受講し、手探りですが、仲間と共に障害者や認知症の方の「家族に気がねなく外出したい」「ボランティアしてみたい」などという社会への参加をお手伝いができないか模索しています。

できることから始めてみる

 北村さんの活動は、若年性認知症の古屋さんの社会参加を支援するものであると同時に、北村さん自身にも、新たな価値観と豊かな社会参加をもたらしているといえます。
 今回は若年性認知症の人の就労と外出、そして当事者活動を通じた「社会参加」と「参加支援」を取り上げました。認知症の人に限らず、誰かの社会参加をサポートする、応援するために私たちに何ができるのでしょうか。北村さんは言います。「難しくとらえず、まずは会って、話をきいてみてください。その人のことを知るだけでもいいし、できることから始めたらいいと思います」。
 誰もが、社会と関わることで、自身のやりたいことは何か、誰かの役に立つことは何かなど、生きがいを見出す可能性を秘めています。支援しなければと気負うことなく、日々の生活でさまざまな人と、フラットな関係での出会いを大切にし、私たち自身の社会参加の扉を開けてみましょう。

■認知症希望大使・古屋さんと井上さんの活動とメッセージはこちら

古屋さん
https://hyogo-ch.jp/video/3149/?doing_wp_cron=1763424550.7119059562683105468750

井上さん
https://web.pref.hyogo.lg.jp/kf17/nintishoukiboutaishiishoku.html

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