【特集】コロナ禍における 福祉人材育成 ~利用者の生活の質の向上を目指して~

研修センターでのコロナ禍でのハイブリッド研修の様子

研修センターでのコロナ前集合研修の様子

県保育協会が各地に研修を配信している現場

県保育協会が配信する研修の、サテライト会場での受講

 新型コロナウイルス感染症の拡大により、福祉施設や事業所では、利用者の日常生活を守るため、より一層厳しい感染対策を行っています。そのような中でも、支援における質の向上を図ることで、利用者に本人らしい生活を送ってもらうことを大切に思いながら、職場研修を含めた人材育成に取り組んでいます。
 本稿では、コロナ禍における福祉人材育成の課題や取り組みとともに、今後の方向性についてご紹介します。

コロナで変化した福祉現場の人材育成

 慢性的な人材不足が続く社会福祉の現場では、人材確保だけではなく、育成に力を入れて定着を図る一連の取り組みが求められています。
 また、利用者に寄り添った質の高い支援をするためには、福祉現場で働く従事者の育成が重要であり、これまでも研修体系の策定、キャリアパス制度の創設など、さまざまな取り組みがされてきました。
 中でも研修は、各福祉施設や事業所においてはOJT を中心に、福祉現場を支える施設種別協議会や職能団体などではOFF-JT を中心に実施されてきましたが、感染症対策で業務が増大し、研修を含めて人と接する機会が回避された影響で、従来どおりに実施できない状況が続きました。
 本会が7月に主催した「福祉従事者への研修向上に関する情報交換会」では、主にOFF- JT の研修を企画・実施する施設種別協議会や職能団体が集まり、【図表1】にあるような研修実施や運営上の工夫などが明らかになりました。

【図表1】コロナ禍以降の研修実施の状況

  • 感染拡大の当初は、どの団体も研修を中止・延期
  • 現在はほぼ全ての団体が、オンラインツール(Zoom、Teams等)を活用して研修を実施
  • 講義を録画してYouTubeで配信する取り組みも進んだ
  • 対面(集合)とオンラインを選択できる混合型(ハイブリッド型)での研修も実施されている。
  • 事務負担の軽減と効率化を目的とした研修システムを導入する例もみられる

「福祉従事者への研修向上に関する情報交換会」(令和4年7月開催)から

 情報交換会で出された、施設種別協議会などにおけるコロナ禍での取り組みの一部を紹介します。

兵庫県保育協会 三倉克仁副会長(研修委員会委員長)

 コロナの感染拡大当初、当協会では研修をオンラインに切り替えて実施しようとしました。しかし、受講者である各保育所などの受講環境が整わず、受講そのものが難しい状況でした。そこで、Zoom などの使い方に関する研修会や、事務局や委員による個別サポートを行うことで、ようやく保育所などの環境が整ってきました。オンラインの便利さから研修受講者が増えると、協会に入る受講料収入なども増えます。その増収分で研修の内容や実施方法を充実させられるよう努めています。

兵庫県介護支援専門員協会 山内知樹会長

 当協会でも、対面(集合)研修をオンライン研修に移行しました。遠方から神戸に来る介護支援専門員からは、感染対策とは別の理由でオンライン研修を求める声があります。一方、会員の中には、機器操作への不安などから対面(集合)を希望する声もあります。資格更新に必須の法定研修も実施する当協会の特性上、研修運営は、対面(集合)とオンラインを並行して実施せざるを得ません。事務局や研修を運営する役員にかかる負担は増しているので、今後は会員も巻き込んだ実施体制づくりが必要だと考えています。何を目的とした研修か、研修内容に適した実施形態は何かについての検討も不可欠です。

  また、コロナ禍は福祉現場のOJT にも影響を与えています。例えば、令和2年度に行われた「介護労働実態調査(特別調査)」【図表2】では、「上司とのコミュニケーションの取りやすさ・相談のしやすさ」を筆頭に、新型コロナウイルスが職場環境に悪影響を与えたことが明らかとなりました。 
 こうした変化は、上司や先輩職員から行われるOJT の機会の減少や指導の質の低下に直結しやすく、利用者への支援の質にも影響を及ぼすことが危惧されます。

【図表2】介護労働実態調査(特別調査)

 ここからは、コロナ禍における福祉施設や事業所でのOJT の取り組みをレポートします。

コロナ禍でのOJTの様子 ~福祉施設の現場から~

 兵庫県知的障害者施設協会の会員事業所に勤め、同協会研修委員会のメンバーである、社会福祉法人宝塚さざんか福祉会(宝塚市)の辻井善弘さんと、社会福祉法人福成会(尼崎市)の島祐貴さんにお聞きしました。

オンラインツールを活用してコロナ禍でも研修を実施

辻井
 経営計画の柱に人材育成計画を掲げ、プロジェクトチームで企画運営していました。階層別などの研修を実施予定でしたが、感染拡大の当初は研修を止めました。ただ、「これではいけない」と、オンデマンド配信を活用して就業時間内に講義を受講できる工夫を図るなどして、昨年度はほぼ計画どおりに研修が実施できました。


 法人内にさまざまな事業種別があり、かつては職場内で研修を受講できない人が生じていました。コロナ禍前の令和元年度に「Teams」を導入し、自身の都合に合わせて職員が受講できる仕組みを整えていたため、コロナの影響を受けつつも職場内研修を継続できました。

職場内研修のための講義動画を撮影
(宝塚さざんか福祉会 人材確保・育成・定着プロジェクトチーム)

OJTを含めた人材育成の基盤はコミュニケーション


 仕事のやり方の伝達はもちろん、OJTは職員同士の関係性を構築する礎だとコロナ禍で改めて気づきました。入職して間もない職員に訊ねると、「自分がやっていることはこれで大丈夫か」という不安を抱えていたのです。特に自分でできるがゆえに先輩の指導(OJT)を受ける機会が少ない職員にその傾向があります。そんな職員には「できているよ、大丈夫」というフィードバックを意識して行うことで、不安や孤独感を払拭できているかなと思います。

辻井
 コミュニケーション不足は職員を不安にさせ、自己肯定感も低下させます。そのまま業務を続けると不適切な支援につながりかねません。普段のコミュニケーションはもちろん、職場研修の場などの機会に職員間で思いを共有することも大切です。

福祉従事者の育成の今後に向けて

 各法人や団体などの取り組みから、コロナ禍でも工夫しながら研修を実施する様子がうかがえました。そこから見えてきたことは次のとおりです。

新たに増えた研修手段

 研修でのオンラインの活用は、(福)福成会のように、コロナ禍以前から取り組まれている例もありますが、コロナ禍を経て特にその活用が進み、時間や場所の制約を克服して効率的・効果的に人材育成を進める有効な選択肢になりました。
 しかし、研修にオンラインの活用が急速に進んだ今、改めて何を目的に研修を企画し、その手段として何が最適なのかを吟味することも必要になっています。職員の専門性を高め、支援の質の向上を目指すのと同様、オンラインで行う研修にも質の担保が問われています。新型コロナウイルスの感染状況に関わらず、オンライン研修は一般化されたと捉え、絶えず改良を試みることが求められます。

あらためて確認された研修の意義と継続の大切さ

 研修は、新たな知識や気づきを得て、自らが抱える課題と照らして言語化しながら、講師や他の研修受講者と課題を共有し、次の実践目標を見出す価値のある場です。そして、多忙で孤立しがちな職員にとっては、一人で抱える悩みや不安を吐露し、相談できる機会にもなります。
 緊張感が続くコロナ禍での支援の現場では、コミュニケーションの不足も危惧される環境にあるからこそ、職務を通じたOJT の継続と同時に、職務を離れた研修機会に職員が参画できる環境を整えることが重要です。利用者の生活を支えるサービス提供や支援が続く限り、生じる課題も日々変動します。そのことからも、OJT やOFF-JT などの研修形態を問わず、絶えず人材育成に取り組むことが求められます。
 また、「研修計画」の策定と職員間での共有により、コロナ禍のような状況でも「職員の成長」と「魅力ある職場づくり」を目指した取り組みを継続し、職員の育ちを支え続ける意思表明をすることも、法人が組織的に人材育成を継続させるポイントです。

地域住民への啓発・福祉学習支援がもたらす職員の成長

 また、福祉施設・事業所や福祉従事者の社会的な役割の1つとして、地域住民への啓発・福祉学習などの活動があります。(福)宝塚さざんか福祉会では、前ページに記した取り組みの他「地域における障害理解の促進」を念頭に、感染症対策をとって実習生やボランティアの受け入れを続けました。また、市と社会福祉法人の協働による「権利擁護」をテーマとした市民講座も継続しました。職員が施設・事業所外と交流し、住民と共に学び合う場づくりを進めたこれらの取り組みは、安心して暮らせる地域をつくる社会福祉法人の使命に沿う実践であり、その過程で職員に多くの気づきや学びをもたらします。感染症対策との両立に、多くの配慮を伴いますが、人材育成の観点から、職員と地域の協働を捉えなおしてみることも必要です。

 福祉従事者は、日々の支援にコロナ感染防止対策も加わり、多忙を極めています。さらに地域共生社会の実現に向け、多職種の専門職や地域住民と協働できる専門性も求められるなど、その活躍に期待が寄せられています。こうした情勢や現場ニーズを踏まえ、本会福祉人材研修センターでは、オンラインなども活用して受講しやすい環境を整備し、幅広い研修プログラムの開発や企画運営を行っています。中でも、福祉施設・事業所を直接訪問し、職場研修の実施に向けた具体的なサポートを行う「職場研修アドバイザー」の派遣に加え、今年度は、職場研修担当者向けの研修の充実にも取り組んでいます。
 コロナ禍でも、利用者や入所者の日々の暮らしは続きます。今後も、質の高いサービスを提供する福祉従事者の資質向上を目指し、福祉施設・事業所、幅広い団体、福祉人材研修センターは、連携を深めながら福祉人材育成に関する多様な取り組みを進めていきます。

職場研修アドバイザー事業の詳細

職場研修アドバイザー事業の詳細は、当研修センターホームページをご確認ください。
https://hfkensyu.com/ shien/

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